Artist Story 作家が語る作品づくり
漆作家
金保 洋 Hiroshi Kaneyasu
私は漆を用いた造形作品を制作しています。漆はウルシの木から採取される樹液で、古くから優れた塗料や接着剤として、器や彫刻、建築物等、様々な場面で用いられてきました。漆の塗り肌の美しさに惹かれたこともありますが、それ以上にウルシの木から採取される樹液を、人の手を介して再び木に塗り戻すことで美しい塗膜への移り変わるという、漆塗りにおけるある種の循環的な構造に心が惹かれました。
漆という物質と人間の関係は深く、植物としてのウルシは人が植栽することで育つ木であり、山野におけるウルシの木は決して強い植物とは言えません。蚕と同じように、人間と共生関係にある植物と言えるでしょう。漆は人間によって支えられ、人間もまた漆によって支えられてきました。つまり漆とは、人間とウルシとのあわいにあって成立する自然なのです。私はこのような、人為と対立する意味での自然ではなく、人為を介することでその秘めた本質を展開するある種の自然を「工芸的自然」と称し、博士論文でその概念を提唱しました。
このような漆という自然のあり様、そして漆塗りにおける循環的な構造への関心が、制作に対する根本的な動機です。私は漆造形という表現を通して、漆という自然に接近し、漆芸の先入観や固定観念から開放された漆という自然の生き生きとした姿を作品化していくことを試みています。
制作風景
具体的な制作においても、偶然性を伴うありのままの自然性と、人為的な造形行為を対比、あるいは組み合わせることで形態を作り出しています。金網や石膏によって生じる偶発的な形やテクスチャを、漆によって変容させることで、その造形物が漆によって成立し、支えられていることを表現しています。
漆造形というのは不思議な言葉で、そもそもが液体である漆は、漆そのもので何か造形を行うわけではありません。しかし作り手である私達は、漆を造形の主として認識しています。この一見矛盾した態度ですが、これは従来の造形原理に漆造形は当てはめることができない、ということを指しています。
私はこの関係を、形と色彩の関係に当てはめて捉えております。色彩、というものも通常、形がまずあって、そこに塗られていく、あるいは表面的なものであり、物質の本質的なものとは捉えられておりません。しかし、漆のように、そのものが自律するわけではないけれど、結果としてその物質の本質になり得るような、そういう世界があるのではないか。漆は色彩によって形になり、色彩は漆によって形になる。漆といえば黒と朱、というような狭い世界観ではなく、広く造形の根幹に関わる要素として、漆とその色彩をテーマにして制作を試みています。
制作途中(石膏胎に漆を含浸)
オーナーからのご紹介
漆の胎は乾漆や木などが一般的ですが、最近の金保さんは金網と石膏で造形しそれに漆を塗り重ねます。漆を表面的な装飾ということでなく「触覚的色彩」の表現ととらえています。その言葉を頭に置きながら金保作品に向き合うと、大いに納得させられます。
ArtShop月映 オーナー 宮永満祐美