Artist Story 作家が語る作品づくり
漆作家
間瀨 春日 Haruhi Mase
私は現在、物事や意識の縁(ふち)の流動的な形に興味を持ち、その曖昧さをそのままに漆で表現できないかを考えています。私の制作の根幹となっているのは、自身のアイデンティティへのコンプレックスです。私は自分の存在がとても不安定なものであると感じています。「わたし」という人間は、一見すると名前や性別、年齢といった記号や、容姿や声、性格が形づくる人格などによって「わたしらしさ」が特徴づけられているように見えます。しかし実際、どんなに「わたしらしさ」をあらわす要素を集めても、「わたし」という存在の輪郭をあらわにすることはできない、と感じることが常です。つまり、自身を形づくる縁が曖昧であることが不安なのです。
作業場の様子
ところが哲学者の鷲田清一は『ちぐはぐな身体』で、「ぼくらの体はというものはイメージとしてしかとらえられないもの」と述べています。この一文と出会ったとき、自身が感じていた「自分の存在の縁が曖昧であることへの不安」が肯定されたような気がしました。曖昧な状態は悪ではなく、ある意味自然な状態であるという気づきがあったのです。そのイメージを作品に落としこもうと制作に取り組んでいます。
研ぎ途中の作品と研ぎに使う炭
私は作品には「ことをものにする」役割があると考えています。 自分が見たり触ったりしてものの形を認識するときは、明確に形の縁を認識しています。しかし、それが記憶や感覚になった瞬間、さっきまで明確だった縁が曖昧になってしまいます。そのような「こと」としての記憶や感覚を、「もの」としての作品で表現することで縁が再び現れ、記録として立ち上がります。
制作は主に乾漆技法を用いて行なっています。乾漆とは原型の上に麻布を張り重ねて成型する技法で、私は主に発泡スチロールを原型に用いた作品づくりをしています。原型の作り方や布の貼り方で仕上がりも様々になるのですが、私が用いる方法では、削り出した原型に直接布や漆を重ねていきます。
そのため、工程を重ねるにつれて輪郭は甘く、ゆるくなっていきます。私は、原型の形をそのまま再現するのではなく、層を重ねることで形が曖昧になる段階を重要視しています。この工程を経ることが記憶や感覚の中の「縁の曖昧さ、流動的な形」を象徴し、また作品を完成させることによってその曖昧さを記録できると信じているからです。
作品の研ぎ
そしてその曖昧さの記録をより確かにするのが、漆という素材です。古来より漆は仕上がりの美しさから美術品として愛されてきたのはもちろん、その堅牢さから修復の現場でも活用されています。そこから私は漆には装飾や加飾としての機能だけでなく、ものの存在を強固にする力があると考えました。層を重ねることによって生まれる造形は、塗り、研ぎといった作業を繰り返し、形の精度を高めていくことによってより存在感を増していきます。たとえできあがる形が緩やかなものだとしても、出来上がる美しくて丈夫な形は、私の思う縁の曖昧さを確かなものにしてくれます。それゆえに漆という素材は、私の掲げるテーマと合わせて他に変えることのできないものです。私と漆という素材との深い関わり合いを続けながら、これからも作品づくりと縁の探求を続けていきたいです。
オーナーからのご紹介
ArtShop月映 オーナー 宮永満祐美